2017年10月17日

フェンダーテレキャスター

寒すぎるだろ!とあちこちで目にしました。
でも、実はこういう日は毎年あって、こういう日に一気に衣替えしますので。
ああ、今年もこういう日が来たじゃんねぇとか思いました。
実は、去年の今頃、映画製作でロケ地入りして、セット製作に入ったのです。
早朝から自転車を飛ばし、夜遅くまで作業に徹した毎日でありました。
あの時も、やけに寒い日がやってきて、女優たちがやばいやばいと言っていたのを思い出しまして。

あ。月曜担当の小野寺さんです。

さて、稽古場で20周年記念についてちょいと打ち合わせまして。
今日なんかは頭の中でぼおっと、その辺について考えていました。
でも、まず大事なテーマと言うか・・・。
何を届けるべきなのかってところで、今日は終わってしまったなぁ。
企画内容よりもまずは、なんというか、感謝の思いだよなぁって。
というのも、再三、このBLOGで告知をさせていただきましたLIVEを先週してきまして。
それもやっぱり、なんというか、まずは感謝の思いというか。そういうことだったからですた。

真鍋礼市追悼ライブと銘打っていたんですけれども。
Blowziesというバンドの活動休止から19年と目にしました。
うちの劇団が先週旗揚げ19年目なので、なんとも、不思議な気持ちになりました。
バンド活動休止と劇団旗揚げは同じ年だったんだなぁ。
なんとも、交差しているんだなぁと思った次第です。

元劇団員の足立修治さんも、LIVEに出ていまして。
なにげに、初対バンでした。
今は、次郎長と名乗ってライブ活動しています。
次郎長というのは、うちの劇団の旗揚げ公演で、足立さんが次郎長役だったんですね。
それ以来、真鍋さんが、次郎長と呼び続けていまして、そのままその名前になったのだと思います。
なんか、デビッドさんが名付け親みたいになっちゃってて、それも面白いですな。
織田さんとおいらがバンド活動をしていた時は、役者だったんですけれども。
おいらたちのLIVEの客席で真鍋礼市さんと交流を重ねて、相談をして。
真鍋さんがライブをプロデュースして、音楽をやるようになって、役者やめちゃって。
なんか、音楽の道に行ったのは、おいらと織田さんのせいなんじゃねぇの?とか思ってまして。
どうしても、おかげとかは思えない自分がいます。
だって、大変だもんね。

バンドというのは、人数も少ないですし、非常になんというか、自分にかかってきます。
例えばLIVEに出演するって言ったって、ライブハウスやイベンターに自分で連絡を取って交渉します。
物販の管理だとか、音源の製作、チケット管理、WEB、デザイン関連。
とにかく、自分たちで手分けして、やれることは全部やるのです。
もちろんレコード会社やプロダクションに所属すれば、自分じゃないんですけれども・・・。
でも、所属してても、わりに自分でやる人もいるし。
CDの売れなくなった今は、メジャーに行くよりも自分たちでやった方が良いというバンドも山ほどあります。
かつてメジャーデビューしたバンドでも、今は、自分たちでやってるよなんて人も多いです。
巨大なメディアで宣伝してCDを売っても、万と言う単位で止まってしまう現代は。
数千と言う数字を、インディペンデントで目指した方が、活動しやすいのです。
インディっていうのは、インディペンデント・・・いわゆる、「自主運営」ということです。

劇団も自主運営ですけれど、人数が違うし、イベントの数も違うし、イベンターとのやり取りもないしなぁ。
でも、基礎的な部分は、なんにも変わらないんだよなって思うわけです。
実際にね、毎回ライブでバンドTシャツを販売して、年に1〜2枚音源も発表する。
頻繁に、大きめのライブにも出演する。自主企画イベントも持っている。
そういうちゃんと管理されているインディバンドだってあるのです。
ちゃんと、売上管理して、実は法人登記までしている人もいるわけでして。
で、それが出来るのはやっぱり、数字的な計算、未来へのビジョン、予測まで出来ているからです。
でもね。ここが大事。
それでちゃんとバンド運営して、バイトなんかしないでも子供を養っているバンドマンもいるのですけれど。
だからと言って、生活に埋もれたり、売り上げのためにライブをやったりの方向にはならないのです。
なぜなら、そこに、意思があり、方向性があり、目指している場所があるからです。
自分がやっていた時も、いつまでにワンマン、いつまでにあそこのライブハウス、音源、新曲。オオバコ。
全部、ちゃんと計画して、それがやれなきゃだめだ!って言ってやっていたわけです。
でも、やっぱり核のようなものがあって、これだけはしないとか、ここは外さないと決めていました。
これが崩れたら、もう、うちのバンドじゃねぇだろ!っていうやつです。
その中でも、ただダラダラ続けるのならやらないというのは、常においらにあったことでした。

ライブハウス舞台中央。
真鍋礼市さんのフェンダーテレキャスターが飾ってありました。
織田が弾いていたギターとそっくりだと思った人もいると思います。
織田のギターは、フェンダーUSAカスタムのノーキャスターです。
カスタムショップのギターは高価でして、さんざん悩んでいたのを思い出します。
ノーキャスターというのは通称でして、ネックにテレキャスターと書いていないテレキャスターのことです。
テレキャスターと言う商品名を使えない時期が大昔にあって、その時期のモデルなのです。
カスタムショップが当時のモデルを、手作りで忠実に再現した限定モデルのギターです。

これが魂でございます。

自主運営であり、自分たちで企画して、運営して、練習もして。
事務的なこともたくさんあるのですけれども。
ノーキャスターを選び、かき鳴らすこと。
それが核であり、魂なのです。
なんだそりゃ?って言われそうですけれども。
なんでもいいわけじゃないのであります。
限りなく、なんでもいいでやっていたバンドでしたけれど。
それでも譲れないもの、ぶれないこと、ゆるぎないこと。
その象徴が、あのノーキャスターです。
なんだったら、織田がいなくても、あのギターが置いてあればいいかもしれないです。うそ。

打ち上げでね。
ベテランのバンドマンに、うちのドラマーの一磨君を褒められて。
嬉しくてテンションが上がったんだよ。
自分が褒められたんじゃないのに、嬉しくなっちゃうって言うね。
それは、やっぱ、そういうことなんだなと。
一本、その真ん中に、芯のようなものがあって。
ジョンも南場さんも含めて、その一部になってるんだなって。
つくづく思ったんだよなぁ。

さて。
劇団にとってのノーキャスターってなんだろうな?
おいらの頭の中には、あれしかないんだ!っていうのが、あったりします。
posted by 前方公演墳 at 03:37| 東京 ☔| Comment(0) | 小野寺隆一の前墳本当にあった事件 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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