2017年09月05日

稽古場日記

どもー。

あのねー、今週のお稽古は、
激しく感情が揺れ動く、
精神的に追い詰められる台本でした。。

そのシーンのそこだけ抜き取ってやるのは、
なかなか難しいもんで、
ひどく疲れます。

精神がおかしくないと、台本て書けないんだなーと思いました。。

そして、お話の背景や、
劇場が暗くなってから始まる、物語の積み重なりも大切です。

お客様、どうかどうか、
作品を観賞する際は、
是非とも、物語が始まる前から心の準備をしていただき、
始めから物語をお楽しみくださいませ。

それが極意だと、改めて強く思ったのでしたん。


というわけで、
写真は、撮り忘れ。。


けい
posted by 前方公演墳 at 17:52| 東京 ☀| Comment(0) | 中野圭の稽古場写真 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

サティコの視点

なんか、情勢がおかしいですね。
楽観はせず、気を重くせず、ちゃんと知っていこうと思ってるです。

どもども。MVPの小野寺さんです。
やったぜー。わーい。

毎週毎週、飽きもせずに、稽古にいそしんでおります。
正直、役者って、錆びると思うんですよ。何もしていないと。
もちろん、何回か稽古をすれば、感触を思い出したり、色々良くなっていくんですけれど。
でも、急に明日芝居してって言われたときに、普段稽古してないと、まず錆びついてると思うな。
特にテクニカルな部分、組み立て、感情の繋ぎ方、感覚、それとスピード感。
実際、芝居していると、本当に0.01秒とかの時間感覚で、役者同士の感情の交換が起きます。
あれが、ブランクが少しでもあると、自分の場合は、ハッキリとにぶるんだよなぁ。
鈍らない部分もあるけどね。芝居脳とかは。
多分、普段から芝居のことを考えたり、観劇したり、ドラマ見てるだけでも芝居脳は鍛えられるから。
反射神経的な部分と、思考は、やっぱり違うんだなぁと思う。

さて、そんなわけで、鈍らないようにではなく。
ちょっと、もう一度芝居の稽古を一からやろうぜ!って、良い年こいてやっとるわけですけれども。
昨日の稽古では、二人と絡んで、ああ、よきパートナーだったなぁと思う次第です。
意志の交換を確実に出来た。
MVPに選んでくれた、サティコと演じた時の「間」は、完全に目が合って、意志疎通できてた。
ああゆう時、芝居になった!って感じる。
そして、そのポイントが、思った以上に的確だったのも、とてもよかったのです。

さて、そんなサティコ。
最近は、稽古後に飲みに来るメンバーが、少人数化してるんですね。
それぞれ、用事があったり、高橋2号が怖がって逃げまくったりしてるので。
まぁ、多い時もあるんだけど、少人数の時も、ちょこちょこあるわけですよ。
で、織田氏とサティコと昨日は3人で、呑んでたわけですけど。
まぁ、少ないツマミで、安い居酒屋でボトル入れて、延々と芝居の話をしているって言うね。
ちょっと視点を変えると時代錯誤な演劇青年かよ!みたいな飲み方です。

で、サティコっていうのは、劇団で演出助手をしています。
元々、座長の仕事!みたいな感じだったんですよ。
その頃は、座長も毎回公演ごとに変えていたんですね。大人数でしたし。
今回は、お前が作品を背負え!みたいな、妙な責任感がありまして。
その責任感の一つが、演出助手だったわけです。
ちなみにおいらは、自分が座長の時も、もう一人にやってもらいましたけど。えへへ。
今は、座長を固定しような感じになって以来、もう、サティコにお任せなわけです。

役者をやりながら演出助手って大変なわけですけれども。
実は、大変でありながら、特等席でもあるわけです。
誰よりも演出家のそばで、演出家の言葉を聞けます。
演出意図も、他の役者よりも明確に見えてくるし、演出家の言葉の意味も人より理解できるようになる。
それに、全てのシーンで演出家の言葉をメモして台本に書き込んでいるわけで、作品全体を理解できるのです。
まぁ、休みたいときも休めないし、自分の出番直前でもメモしたりだし、死ぬほど大変だけど。
大変だけど、役者としては、大きなご褒美のようなものもあるわけですね。

で、自然、サティコは演出助手的な視点を持つようになってきましてね。
ここ大事なのだけれど、演出家の視点ともちょっと違うんですね。
演出家の視点は、やっぱり客観そのもので、お客様の視点を想定しているわけですけれど。
演出助手の視点は、客観している演出家の意図に則しているのかどうか?っていう視点なわけです。
なんか、わかりづれーな。
むしろ、演出家が演出したけど忘れちゃってるような細かい部分とかにも、拘ったりします。
ここがね、とっても、面白い視点だなぁって思うのですよ。
第三の視点だよなと。
演出家は演出意図に沿っていれば問題ないと思っても、演出助手は演出通りを求めるわけです。そういう違い。
全体感だとか方向性を演出家が観ている中、ミニマムなところまで気を回してくれているわけです。

そんなサティコと呑んでいるとですね。
面白い視点だなぁと思うことがちょいちょい出てきます。
役者だけの視点とはやっぱ違うし、刺激になるし、自分のためになる面白い言葉。
それに、演出家でもないから、一意見として聞けるという。
で、今週の稽古で、サティコの視点が面白かったんですよ。

あのね。
セリフがあって、それを役者が言っているわけですけれども。
そこにどんな感情が。どんな流れが、組み立てがあるのかって見そうなものなのですけれど。
サティコ、完全に、セリフを言っていない方の役者が、どんな受けをしているか観ていたんですね。
あな恐ろしや。
そのセリフをどう受け止めるんだ、君は?と、役者たちを見ていたわけです。
まぁ当たり前なんですけど、そのシーンのピークって言うのは一か所ですね。
その一か所で誰が喋ってるかなんて関係ないです。
そこは登場人物全員でピークを作らないと成立しないです。
で、むしろ、セリフを口にしている役者の方がピークを作りやすいです。
本当に難しいのは、それをどう周りが受けるかなわけですよ。
そこをね。観ていた。
やるよね。

で、言うわけです。
涙が流れるような芝居って、本当は誰かの言葉を聞いた時なんじゃないかって。
自分がセリフを言っている時に、涙が流れるって言うのは、よっぽどの時だよと。
確かに、現実世界を思えば、そういう場面の方が多い。
さすがさすがなのです。
特に客観ではない主観の役者は、芝居に酔って自分のセリフで泣いちゃったりしがちなわけですけど。
結構、そういうとこ、冷静にサティコは観ているわけですよ。
あな恐ろしや。
そして、その視点は、やっぱ面白い。
正しい正しくないとかじゃなくてね。もう、面白い。

いやあ。
気を抜けないです。
今の稽古は、それぞれの視点の中で、恥をかき続けているわけでして。

これでうまく伝わるかなぁ。
サティコの視点。
なんか、心許ないんだけれど。

助かるわけですよ。
posted by 前方公演墳 at 01:45| 東京 ☁| Comment(0) | 小野寺隆一の前墳本当にあった事件 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月04日のつぶやき










posted by 前方公演墳 at 00:01| 東京 ☁| Comment(0) | つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする